お父さんがつくる家族を結ぶ動画付きメモリアルアルバム

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時代ごとに変わってきた父親の存在

家庭内における父親の存在は時代の流れや価値観に大きく影響されて変わってきたようです。

(aborify.net)https://laborify.net/2019/11/23/atsuzawa-fathers-role-in-japanese-society/より抜粋してご紹介させていただきます。

江戸時代の父親

意外かもしれませんが、江戸時代は父親が子どもを育てた時代です。

もちろん、江戸時代も育児の直接の担い手は母親や子守女などの女性でした。

しかし、記録によると、今でいう子育て書の多くは、男性が男性読者に向けて書いたものだったようです。

これには、この時代の価値観が大きく影響しています。

この時代、家の継承がとても大きな価値を持っていました。そのため、子育てはかなり重要な営みであり

女をよく教育して良い子育てをさせることが、当時の父親の役割とされていたのです。

こう書くと、父親の子育ては義務感のような堅いイメージを抱くかもしれませんが

この時代の父親は子育てに意欲的・熱心だったと考えられています。

その理由のひとつが家職です。

この時代は、農業や漁業など、その家ごとに代々受け継がれる職業(=家職)がありました。

この家職継承のために、父親は自ら経験してきた技術や知恵を

そのまま子どもに引き継ぐという役割を担っていました。

つまり、父親にとって仕事と子育てがかなり近い状態にあり、子育てが父親自身の人生の課題でもあったのです。

そのため、父親が自信を持って子どもに向かうことができましたし

子どもに愛情を持って接しやすかったと考えられます。

明治・大正時代の父親

この時代は今日と同じく、親の役割に大きく変化がもたらされた時代と言えるかもしれません。

その理由として次の3つが考えられます。

❶ 産業革命

❷ 戦争

❸ 義務教育

①の産業革命とは、農業や漁業などを第一次産業だけであった時代から

製糸工場や製鉄所などの第二次産業が中心となる産業界の変化・革命のことです。

日本も、明治時代に入って5年間で、東京から横浜に鉄道が引かれたというのですから

産業革命が日本にもたらした影響の大きさに驚きます。

この産業革命の影響は父親にも及びます。

つまり、家業から離れ家庭の外で仕事をする父親が登場してきます。

そのため、江戸時代には存在した、父親の家職継承という人生の課題がここで薄れてきたと言えます。

次に②の戦争を見ていきます。

皆さんも学校で勉強したことがある、日清戦争や日露戦争、第一次世界大戦などはこの時代の出来事です。

つまり、この時代の男性は、兵役という役割を国から与えられることになります。

江戸時代、父親は家族のために仕事をし、継承してきましたが、この時代になると父親は家族から離れ

国の為に働くという視点が人々に芽生えるようになったのです。

最後に、③の義務教育を見ていきましょう。

義務教育は、明治初期に海外に渡った使節団が、日本に必要だと考えたもののひとつです。

明治・大正時代の国家はこの義務教育の普及に力を注ぎました。

その影響で、例えば下級武士家族に見られた、父親が子どもに初歩教育を行うという必要はなくなりました。

つまり、この時代から学校が父親の代わりをするようになったのです。

このような3つの理由から、徐々に以前の父親の役割は薄れていったのです。

そして、父親の役割が変われば、自然と母親にも変化が求められます。

明治・大正時代の女性は、夫にとって良い妻であり、子にとっては賢い母であるという良妻賢母が

女性教育の理念として掲げられました。

なぜかと言うと、この時代の男性は、仕事での生産活動や兵役によって

家族を離れて国に貢献することが求められていました。

そのため女性は、男性の活躍を家庭で支え、家に残って次の世代を育てていくことで

国に貢献することを求められたのです。

このように、明治・大正時代は父親も母親も大きく変わった時代であると言えます。

まとめると、家族に対する父親の指導力や家職の継承についての父親の責任が徐々に薄くなっていった一方

次第に母親が子育ての主体として尊重されるようになったということになります。

昭和時代の父親

次は昭和時代の父親を見ていきたいと思います。

実を言うと、この時代の父親の役割にどのような変化があったのかをきちんとまとめている研究はありません。

しかし、戦後である昭和中期は高度経済成長が起こり

「企業戦士」「亭主元気で留守がいい」などの言葉が誕生したことを考えると

父親は外で仕事をしてお金を稼ぐ一方、母親は家で実際に子どもの世話をするという

役割分担がはっきりしていた時代だと言えます。

今まで読んできた皆さんは、江戸時代と比べると、父親と子どもとのかかわりが間接的で

薄くなってしまったことがわかると思います。

また、幸運なことにこの時代の父親の多くは兵役がありません。

継ぐような家職を持っている父親も少なくなってきています。

つまり、父親が子どもに対して、昔から行ってきたような役割はほとんどなくなってしまったと言えるかもしれません。

そして、昭和後期になると、母親も徐々に外で働くという共働きの時代に入ってきます。

もしかしたら今後、父親の特徴として唯一残っている外で働き稼いでくるという面も薄まっていくのかもしれません。

平成時代の父親

平成に入ると、世間では父親の育児参加度という言葉がよく使われるようになります。

その理由に、少子化対策が挙げられます。

平成の初期から、日本では少子化が問題視されるようになり、これを打破する対策として

父親の育児参加が国から求められるようになります。

最近よく耳にするイクメンという言葉 も、平成に入ってから誕生した言葉です。

時代も令和になった今、父親は子育てにおいてどんな役割が求められているのでしょうか。

特に父親の影響が大きいと考えられるものをまとめると

子育てにおける父親の役割には以下の3つがあると考えられます。

❶ 子どもが家庭から社会に出ることを助ける。

❷ 子どもが大人になり、自立していくことを助ける。

❸ 子どもの性別により、父親の与える影響が異なる。

①は、例えば学校に通うなど幼少期の子どもですが、②は高校生や大学生など

青年期と呼ばれる時期の子どもに対する役割を指しています。

つまり、父親は子育てにおいて、母親と同じように、子どもが大人になるまで影響を与え続けていると言えます。

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